
1955 年に一橋大学在学中の小説「太陽の季節」で芥川賞を受賞して「太陽族」ブームを生んだ作家。1968 年参院に初当選し政界入り、環境庁長官・運輸大臣を歴任。1999 年に東京都知事に転じ 4 期 13 年務めた。ディーゼル車排ガス規制・東京五輪招致・購入構想など、毀誉褒貶を伴う大胆な政策で知られた。2022 年膵臓がんで死去(89 歳)。
人人となり親近感を持つために
- 出身
- 兵庫県神戸市(湘南・逗子で育つ)
- 学歴・前職
- 一橋大学 法学部(在学中に芥川賞)
- 趣味
- ヨット(外洋レーサー、太平洋横断にも挑戦)釣りスキューバダイビング
- 家族・血縁
- 弟: 石原裕次郎(俳優、1934-1987)
- 長男: 石原伸晃(元 自民党 幹事長)
- 次男: 石原良純(俳優・気象予報士)
- 三男: 石原宏高(自民党 衆議院議員)
- 四男: 石原延啓(画家)
- 豆知識・エピソード
- 「太陽の季節」で第 34 回芥川賞受賞(1956 年・一橋大学在学中)。主人公の障子破りシーンは選考委員を二分し、戦後文学の転換点に
- 小説から生まれた「太陽族」は流行語に。髪型の「慎太郎刈り」も若者の間で流行した
- 映画「太陽の季節」「狂った果実」で弟・石原裕次郎をスクリーンデビューさせ、戦後最大のスター誕生の立役者となった
- 学生作家としてデビュー後、三島由紀夫と並び称される若手論客に。三島とは生涯にわたり交流と緊張関係が続いた
- 外洋ヨットマンとして知られ、自らの艇「コンテッサ号」で太平洋横断レースにも挑戦した行動派
- 参院初挑戦(1968 年全国区)で約 301 万票を獲得。タレント候補のはしりとして戦後最多級の得票を記録
- 1972 年、中川一郎・渡辺美智雄らとタカ派集団『青嵐会』を結成。血判状を回したことで物議を醸した
- 1989 年の自民党総裁選に出馬(海部俊樹らに敗北)。党内非主流のまま 1995 年に衆院を電撃辞職した
- 1975 年都知事選では美濃部亮吉に敗北。24 年後の 1999 年に雪辱を果たし都知事に初当選した
- 都知事 4 期連続当選(1999〜2012、戦後唯一級の長期都政)。『東京から国を変える』を掲げた
- ペットボトルにすすを詰めて掲げた『ディーゼル車 NO 作戦』は環境政策のインパクトある演出として記憶される
- 2012 年、田中角栄を一人称『わたし』で描いた小説『天才』が 150 万部超の大ベストセラーに。晩年に作家として再脚光を浴びた
- 保守タカ派の論客として知られ、しばしば差別的とされる発言(『三国人』発言など)で批判も浴びた。一方で実利的な政策遂行力は与から評価された
- 「『NO』と言える日本」(盛田昭夫との共著)は米国で大論争を呼び、海賊版が議会で読まれるほどの反響を呼んだミリオンセラー
- 四人の息子はそれぞれ政治家・俳優・気象予報士・画家として活躍。『石原ファミリー』として知られる
- 戒名は「海陽院文政慎栄居士」。海とヨットを愛した生涯を反映している
約掲げる公約
- 自主憲法の制定(占領憲法からの脱却・改正)
- 対米従属からの脱却と『強い日本』の再生
- 中央集権の打破 — 『東京から国を変える』地方主権
- ディーゼル排ガス規制など大胆な環境・公害対策
- 教育再生と道徳教育の重視
- 尖閣を含む領土・主権の明確な防衛
実主な実績
- ディーゼル車排ガス規制条例(2000 年・東京都・全国に先駆けた環境政策)
- 東京 2020 オリンピック・パラリンピック 招致活動の本格始動
- 羽田空港の再国際化を推進(深夜早朝の国際便就航へ)
- 横田基地の軍民共用化を米側に要請
- 新銀行東京 設立(中小企業向け融資。後に経営難で批判も)
- 首都大学東京(現 東京都立大学)の設立・大学改革
- 購入構想 → 政府による国有化のきっかけ(2012)
- 「カーボンマイナス東京 10 年プロジェクト」など先進的な都市環境政策
- 築地市場の豊洲移転を主導(移転計画の決定)
- 芥川賞作家として戦後文学に「太陽族」を刻み、晩年も『天才』で大ベストセラー
関連書籍
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歴経歴
1955
「太陽の季節」を『文學界』に発表(一橋大学在学中)
1956
第 34 回 芥川賞 受賞。映画化で弟・裕次郎が銀幕デビュー
1968
初当選(全国区・自民党、約 301 万票)
1972
初当選(東京 2 区)。タカ派議員集団『青嵐会』結成
1975
東京都知事選 出馬・落選(現職・美濃部亮吉に敗北)
1976
環境庁長官 就任(福田赳夫)
1987
運輸大臣 就任(竹下登)
1989
自民党 総裁選 出馬・落選。『「NO」と言える日本』が日米で大反響
1995
辞職(議員生活 25 年 7 ヶ月に終止符)。一度は政界を離れる
1999
東京都知事 初当選(1 期目)。24 年越しの雪辱
2000
「三国人発言」が物議。ディーゼル車排ガス規制条例 制定
2003
都知事 再選(2 期目)。新銀行東京 設立、首都大学東京 構想
2007
都知事 再選(3 期目)。東京五輪招致を本格始動
2011
都知事 再選(4 期目)
2012
の都による購入構想 表明(後の国有化のきっかけに)
2012
都知事 辞職。『太陽の党』結成 → 日本維新の会へ合流、橋下徹と共同代表に
2014
衆院選 落選・政界引退。作家活動に専念
2016
田中角栄を描いた小説『天才』が 150 万部超の大ベストセラーに
2022
膵臓がんで死去(89 歳・2 月 1 日)
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動画
映像記録 news archive【ノーカット】石原慎太郎氏 議員辞職 国会演説と記者会見(1995 年)
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映像記録 news archive石原慎太郎氏 1999 年都知事選 第一声「東京が動けば世界も動く」
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都知事を辞職し国政復帰・新党結成を表明した会見。尖閣購入構想に続く大きな決断
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衆院選落選を経て政界を去る表明。作家へ戻る区切りとなった
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記事・報道
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都政の功罪(4)
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- 石原慎太郎氏が救った東京の青空 「ディーゼル車 NO 作戦」を再考するKURU KURA(JAF)2022-02-18— 黒煙入りペットボトルの会見で知られる環境政策の実像
文学・思想(2)
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※ 経歴・政策スタンスは公開情報に基づく要約です。最新の発言は本人公式・国会会議録 (国会会議録検索) でご確認ください。石原 慎太郎(日本維新の会)。



