Prime Ministers
歴代総理大臣
1945 年の終戦から現職まで、戦後日本の 歴代内閣総理大臣 37 名 を写真・経歴・実績付きで網羅。 各人物のカードをクリックすると詳細ページへ。
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日本政治のトップは、しばしば「家」で受け継がれてきました。総理経験者の何人もが祖父・父も政治家。 この図は戦後を貫く 6 大家系を縦に並べたものです。
色付きの大きい円が このサイトに詳細ページのある政治家。クリックで詳細に飛べます。 ベージュの円は親族(詳細未収録)。点線は世代の継承。総理大臣を 2 人以上輩出した家系もあります。
- 1東久邇宮 稔彦王1945(故人)

- 2幣原 喜重郎1945(故人)

- 3吉田 茂1946(故人)

- 4片山 哲1947(故人)

- 5芦田 均1948(故人)

- 6鳩山 一郎1954(故人)

- 7石橋 湛山1956(故人)

- 8岸 信介1957(故人)

- 9池田 勇人1960(故人)

- 10佐藤 栄作1964(故人)

- 11田中 角栄1972(故人)

- 12三木 武夫1974(故人)

- 13福田 赳夫1976(故人)

- 14大平 正芳1978(故人)

- 15鈴木 善幸1980(故人)

- 16中曽根 康弘1982(故人)

- 17竹下 登1987(故人)

- 18宇野 宗佑1989(故人)

- 19海部 俊樹1989(故人)

- 20宮澤 喜一1991(故人)

- 21細川 護熙1993

- 22羽田 孜1994(故人)

- 23村山 富市1994(故人)

- 24橋本 龍太郎1996(故人)

- 25小渕 恵三1998(故人)

- 26森 喜朗2000

- 27小泉 純一郎2001

- 28安倍 晋三(故人)

- 29福田 康夫2007

- 30麻生 太郎

- 31鳩山 由紀夫2009

- 32菅 直人2010

- 33野田 佳彦2011

- 34菅 義偉2020

- 35岸田 文雄2021

- 36石破 茂2024

- 37高市 早苗

詳細プロフィール

東久邇宮 稔彦王
第 43 代 内閣総理大臣(1945)・戦後唯一の皇族首相
明治天皇の女婿(東久邇宮家・皇族)。陸軍士官学校・陸軍大学校を経て陸軍大将。1945 年 8 月 17 日、敗戦処理のため鈴木貫太郎の後を継ぎ第 43 代総理に就任。9 月 2 日にミズーリ艦上で降伏文書調印(重光葵外相が代表)、『一億総懺悔』を提唱。GHQ の人権指令(治安維持法廃止・特高解体)受け入れを巡る対立で**わずか 54 日**で総辞職、戦後最短政権の記録。皇族の身分を離れたあとは、料亭経営・カフェ経営など実業を試み、1990 年に 102 歳で死去(戦後最長寿首相)。

幣原 喜重郎
第 44 代 内閣総理大臣(1945-1946)・元 外相(戦前 4 度)
大阪府門真出身、東京帝大法卒の外交官。1924-1927 / 1929-1931 年に外相を 4 度務め、軍縮・国際協調・対米英重視の『幣原外交』を展開。軍部の台頭で 1931 年の満州事変後に下野。終戦直後の 1945 年 10 月、東久邇宮内閣の総辞職を受けて 73 歳で総理就任。マッカーサーとの会談で**日本国憲法 9 条『戦争放棄』を提案**したとする説が有力(GHQ 側の証言複数)。1946 年 5 月退陣、その後も民主党総裁・衆議院議長を歴任、1951 年に在職中死去。

吉田 茂
第 45・48-51 代 内閣総理大臣(1946-47, 1948-54)
戦後復興・サンフランシスコ平和条約・日米安保条約を締結した、戦後を代表する宰相の一人。「ワンマン宰相」「バカヤロー解散」で有名。麻生太郎の外祖父。

片山 哲
第 46 代 内閣総理大臣(1947-1948)・**戦後初の社会党首相**
和歌山県出身、東京帝大法卒の弁護士。クリスチャン(プロテスタント)。1930 年に社会民衆党から衆議院議員に当選し、戦時中も翼賛体制に距離を置く。1945 年に日本社会党結成に参加・初代書記長 → 委員長。1947 年 4 月の総選挙で社会党が第 1 党となり、5 月 24 日に**戦後初の社会党首相**に就任。民主党・国民協同党との 3 党連立。物価高・労働争議・党内左派の反発で 1948 年 3 月に**約 9 ヶ月で総辞職**、後継の芦田均へ。

芦田 均
第 47 代 内閣総理大臣(1948)・元 外相
京都府福知山出身、東京帝大法卒の外交官。トルコ・ベルギーなど在外公館勤務後、1932 年に衆議院議員初当選。戦後は日本自由党 → 民主党を結成・総裁。1948 年 3 月、片山内閣総辞職を受けて第 47 代総理に就任(民主・社会・国協 3 党連立)。**憲法 9 条 2 項に『前項の目的を達するため』を挿入した『芦田修正』**で知られ(自衛権を留保する解釈の根拠)、後の自衛隊合憲解釈の起点に。1948 年 10 月、昭和電工事件(贈収賄)で総辞職、本人も逮捕されたが後に無罪。在任 7 ヶ月。

鳩山 一郎
第 52-54 代 内閣総理大臣(1954-1956)
自由党・日本民主党を経て 1955 年の保守合同で初代自民党総裁。日ソ国交回復・国連加盟を実現。鳩山由紀夫元首相の祖父。

石橋 湛山
第 55 代 内閣総理大臣(1956-1957)・元 東洋経済新報社 主幹
東京府出身、早大文卒のジャーナリスト・経済学者。東洋経済新報社の主筆として戦前から『**小日本主義**』(植民地放棄・通商立国・対米英協調)を主張、軍部の大陸進出を批判し続けた数少ない論客。戦後は自由党・自民党所属の衆議院議員、第 1-3 次吉田・鳩山一郎内閣で閣僚を歴任。1956 年 12 月の自民党総裁選で岸信介を僅差で破り総理就任、しかし**就任直後に脳梗塞で倒れ、わずか 65 日**で潔く辞任(『私のために政治が停滞することを欲しない』との所信表明)。後継は岸信介。

岸 信介
第 56-57 代 内閣総理大臣(1957-1960)
戦前は商工大臣として満州国経営。戦後 A 級戦犯容疑で巣鴨に拘留後、首相に。1960 年日米安保条約改定を強行し安保闘争で退陣。安倍晋三の外祖父。

池田 勇人
第 58-60 代 内閣総理大臣(1960-1964)・宏池会 創設者
京大法卒の大蔵官僚(事務次官)。吉田茂の側近として戦後復興・サンフランシスコ講和を支え、1957 年に派閥『宏池会』を創設。1960 年の安保闘争による岸内閣総辞職を受けて総理就任。『国民所得倍増計画』を打ち出し、政治対立から経済優先へ国民の関心を転換させ、高度経済成長を主導。在任中の 1964 年に東京オリンピック開催、その直後に喉頭がんで退陣・翌年死去。

佐藤 栄作
第 61-63 代 内閣総理大臣(1964-1972)
在任 7 年 8 ヶ月の長期政権。沖縄返還を実現し、非核三原則の提唱で 1974 年ノーベル平和賞受賞。岸信介の弟、安倍晋三の大叔父。

田中 角栄
第 64-65 代 内閣総理大臣(1972-1974)・経世会(田中派)の祖
新潟の貧農出身・小学校卒業のたたき上げ。建設会社で財を築き、戦後すぐ衆議院議員に。郵政大臣・大蔵大臣・通産大臣を歴任し 1972 年に 54 歳で総理就任、『今太閤』『庶民宰相』と呼ばれた。在任中に日中国交正常化(毛沢東・周恩来との北京会談)・日本列島改造論を打ち出す。1974 年に文藝春秋『田中角栄研究 ── その金脈と人脈』報道で退陣、1976 年 ロッキード事件で逮捕・実刑判決。退陣後も『闇将軍』として田中派(後の経世会)を率い、自民党最大派閥の祖となった。

三木 武夫
第 66 代 内閣総理大臣(1974-1976)・元 三木派 領袖
明大法卒、徳島の保守政治家。戦前から議員に当選し、戦後は改進党・日本民主党を経て自民党へ。少数派閥の領袖として通算 51 年の長期在職。1974 年の田中金脈問題後、椎名悦三郎裁定で『クリーン三木』として総裁・総理に就任。ロッキード事件で田中前首相の逮捕に踏み切るも、党内主流派の反発で『三木おろし』に遭い 1976 年に退陣。防衛費 GNP 比 1% 枠を閣議決定した平和主義派。

福田 赳夫
第 67 代 内閣総理大臣(1976-1978)
大蔵官僚出身。経世会(田中派)の対抗軸として清和会を結成。「戦後憲政史上初の派閥領袖首相」。福田康夫元首相の父。

大平 正芳
第 68-69 代 内閣総理大臣(1978-1980)・宏池会 2 代会長
東京商科大学(現・一橋大)卒の大蔵官僚出身。池田勇人の側近として宏池会で台頭、池田・三木・福田の各内閣で外相・蔵相を歴任。1978 年に総理就任、一般消費税構想を打ち出すも与党内反発で撤回。『あー、うー』の独特の話し方で『鈍牛』『哲人宰相』とも呼ばれた。1980 年 5 月の衆参同日選挙の選挙運動中に倒れ、投票日前日の 6 月 12 日に急死(戦後唯一の現職首相の死去)。同情票で自民党大勝。

鈴木 善幸
第 70 代 内閣総理大臣(1980-1982)
大平急死を受けて急遽総裁に。「和の政治」を掲げ党内融和を重視。1 期で退陣。麻生太郎の義父。

中曽根 康弘
第 71-73 代 内閣総理大臣(1982-1987)・中曽根派 領袖
東京帝大法卒の海軍主計士官出身。戦後すぐ衆議院議員に当選し、改進党・自民党を歴任。『風見鶏』と揶揄されつつも 1982 年に総理就任、レーガン米大統領との『ロン・ヤス』関係で日米同盟を強化。在任 1806 日(戦後 4 位)で『戦後政治の総決算』を掲げ、国鉄・電電・専売の三公社民営化(JR・NTT・JT)を断行。1987 年に防衛費 GNP 比 1% 枠を初めて突破。退任後も『政界長老』として影響力を保ち、2003 年に小泉の議員定年制で引退。2019 年 11 月、101 歳で死去。

竹下 登
第 74 代 内閣総理大臣(1987-1989)・経世会 創設者
島根県掛合村(現・雲南市)の酒造家出身、早大商卒。田中角栄の側近として頭角を現し、田中失脚後の田中派分裂で 1987 年『経世会』を結成(田中派 → 竹下派)。同年 11 月に総理就任、1989 年 4 月 1 日に**消費税 3% を導入**(戦後税制の大転換)。直後にリクルート事件で 6 月に退陣。退任後も『闇将軍』として政界に影響力を保ち、孫が歌手の DAIGO。

宇野 宗佑
第 75 代 内閣総理大臣(1989)・元 外務大臣
滋賀県大津市の元和菓子屋『大津屋』の息子。神戸商業大学(現・神戸大学)卒、シベリア抑留経験あり。1960 年に衆議院議員初当選、行政管理庁長官・通産大臣・外務大臣を歴任。**リクルート事件**で竹下登首相が退陣した 1989 年 6 月、清廉な人物として『つなぎ』で総裁・総理に就任。しかし在任直後の 7 月、**サンデー毎日が神楽坂芸者との関係を報道**(女性蔑視発言と指輪購入が問題視)、参院選で自民惨敗 → 在任 **69 日**で退陣(戦後 3 番目の短さ)。

海部 俊樹
第 76-77 代 内閣総理大臣(1989-1991)
リクルート事件で宇野宗佑が短命に終わった後の自民党再生期に総裁就任。三木派・河本派の中間派閥(番町政策研究所)から異例の登板。湾岸戦争(1991)で多国籍軍に 130 億ドル拠出を決断したが『カネは出すが人は出さない』批判の起点に。1994 年に自民を離党し新進党結党に参加、後に保守新党などを経て無所属で活動。

宮澤 喜一
第 78 代 内閣総理大臣(1991-1993)・宏池会 4 代会長
東大法卒・大蔵省(旧大蔵省)出身の宏池会知性派。サンフランシスコ講和会議に池田勇人随員として参加。経済官僚・閣僚を歴任し 1991 年に総理就任。バブル崩壊後の景気対策・PKO 協力法成立(自衛隊海外派遣の道筋)を主導したが、佐川急便事件・政治改革を巡る党内対立で 1993 年 6 月の内閣不信任案可決 → 総選挙敗北で 55 年体制崩壊を招いた。

細川 護熙
第 79 代 内閣総理大臣(1993-1994)・元 日本新党 党首・元 熊本県知事
肥後熊本藩主・細川家の 18 代当主。上智大法卒、朝日新聞記者を経て 1971 年に参議院議員初当選。1983-1991 年 熊本県知事を 2 期務め、1992 年に『日本新党』を結党。1993 年衆院選で躍進、自民・共産以外の 8 党会派による『非自民連立政権』を率いて第 79 代内閣総理大臣に就任、55 年体制を 38 年ぶりに終わらせた。在任中に**小選挙区比例代表並立制**を導入する政治改革を実現したが、佐川急便からの 1 億円借入問題で 8 ヶ月で退陣。退任後は陶芸家・書家として活動。

羽田 孜
第 80 代 内閣総理大臣(1994)・元 新生党 党首
東京府出身・成城大経卒、小田急バス勤務を経て長野で家業の蚕種業を継ぎ、1969 年に衆議院議員初当選(自民党、旧長野 2 区)。1993 年に小沢一郎らと自民を離党し『新生党』を結成、非自民連立政権の細川内閣で外相を務める。1994 年 4 月、細川退陣を受けて第 80 代総理に就任。しかし**社会党の連立離脱**により少数与党となり、内閣不信任案提出を受けて **64 日**で総辞職(戦後 2 番目の短さ)。退陣後は民主党結党に参加、長野県の地盤を経て長男・羽田雄一郎(参・元国交相、2020 年死去)に継承。

村山 富市
第 81 代 内閣総理大臣(1994-1996)・元社会党 委員長
戦後 2 人目の社会党首相(片山哲以来)。1993 年の細川・羽田両内閣を経て、1994 年 6 月に自民・社会・新党さきがけの『自社さ連立』で総理就任という史上類を見ない座組。在任中に阪神淡路大震災(1/17)・地下鉄サリン事件(3/20)・戦後 50 年談話(『村山談話』)が連続。社会党を自衛隊・日米安保『合憲』に転換させた歴史的決断者。

橋本 龍太郎
第 82-83 代 内閣総理大臣(1996-1998)・経世会 領袖
父も衆議院議員。慶大法卒、剣道五段。厚相・運輸相・蔵相を経て 1996 年に総理就任。中央省庁再編(1 府 22 省 → 1 府 12 省)と金融ビッグバンを断行した『6 大改革』の総理。1997 年の消費税 5% 引き上げがアジア通貨危機・山一證券破綻と重なり、結果として『失われた 30 年』を加速させたと批判される。1998 年参院選敗北で退陣。

小渕 恵三
第 84 代 内閣総理大臣(1998-2000)・経世会 領袖
早大卒の群馬 5 区後援会出身。1989 年 1 月、官房長官として『平成』の元号を発表したフレーズで国民的に知られる。『凡人』を自称した穏健派で、ブッチホン(直接電話で世論を聞く)の愛称で親しまれた。1998 年に総理就任、地域振興券・金融再生法を実施。2000 年 4 月、在任中に脳梗塞で倒れ翌月死去。娘の小渕優子(衆・群馬 5 区)が地盤を継承。

森 喜朗
第 85-86 代 内閣総理大臣(2000-2001)・元 清和会 会長
石川県根上町(現・能美市)出身。早大雄弁会・産経新聞記者を経て政界入り。2000 年 4 月、小渕首相急死を受けて『五人組(青木幹雄・野中広務・亀井静香・村上正邦・森自身)』の密室会議で総理就任。『神の国発言』『えひめ丸事件 ゴルフ続行』など失言で支持率急落、1 年で退陣。退任後は清和会(安倍派の前身)を率い『キングメーカー』として影響力を行使。東京五輪招致・組織委員会会長を務めるも 2021 年女性蔑視発言で辞任。

小泉 純一郎
第 87-89 代 内閣総理大臣(2001-2006)
「自民党をぶっ壊す」と宣言した構造改革派。郵政民営化を最大の争点に 2005 年「郵政選挙」で歴史的圧勝。在任 1980 日。息子=小泉進次郎。

安倍 晋三
元内閣総理大臣(故人)
戦後最長在任の総理大臣。アベノミクス・集団的自衛権の限定容認・特定秘密保護法などを進めた。2022 年 7 月、奈良市で銃撃され死亡。

福田 康夫
第 91 代 内閣総理大臣(2007-2008)
戦後初の親子首相(父 = 福田赳夫)。「ねじれ国会」に苦しみ 1 年で退陣。自身は「あなた方とは違うんです」発言で記憶される。

麻生 太郎
自民党最高顧問・元総理大臣
麻生派の領袖、元総理。財務大臣を長期間務めた財政通。漫画・アニメ文化への発言で知られる。

鳩山 由紀夫
第 93 代 内閣総理大臣(2009-2010)
民主党党首として 2009 年に政権交代を実現。「最低でも県外」発言で普天間基地移設問題が紛糾、9 ヶ月で退陣。鳩山一郎元首相の孫。

菅 直人
第 94 代 内閣総理大臣(2010-2011)
市民運動家出身。鳩山退陣を受けて首相就任。在任中に東日本大震災・福島原発事故が発生、対応の評価で退陣。

野田 佳彦
立憲民主党代表・第 95 代 内閣総理大臣(2011-2012)
元総理大臣(民主党時代)。財政規律派の保守系リベラル。2024 年に立憲民主党代表就任、総選挙で議席を伸ばす。

菅 義偉
第 99 代 内閣総理大臣(2020-2021)
秋田県の農家出身、たたき上げで総理に。安倍長期政権の官房長官として「令和」を発表。コロナ対応に苦戦し 1 年で退陣。

岸田 文雄
第 100・101 代 内閣総理大臣(2021-2024)・衆議院議員
宏池会出身の前総理大臣。「新しい資本主義」を掲げ、防衛費 GDP 比 2% 目標を打ち出した。2024 年に総裁退任。

石破 茂
第 102・103 代 内閣総理大臣(2024-2025)・衆議院議員
防衛・農政に強い党内非主流派出身の前総理大臣。2024 年 10 月に就任。地方創生を重視し、選択的夫婦別姓にも前向き発言。

高市 早苗
第 104 代 内閣総理大臣・自民党総裁
戦後初の女性首相。総務大臣・経済安全保障担当大臣などを歴任。保守色の強い政策で知られる。