公家出身の自由主義者。立憲政友会総裁として桂太郎と「桂園時代」を担い、退任後は「最後の元老」として昭和初期まで首相選定に大きな影響力を持った。
人人となり親近感を持つために
- 出身
- 京都(公家・徳大寺家から西園寺家へ養子)
- 学歴・前職
- ソルボンヌ大学(パリ留学)
- 豆知識・エピソード
- 明治期の自由主義者・立憲主義者
- 1940 年に死去するまで「元老」として首相奏薦に関与
実主な実績
- 立憲主義の擁護者として軍部の暴走に抵抗
- 国際協調主義(ワシントン体制)を推進
歴経歴
1903
立憲政友会 第 2 代総裁
1906
第 12 代 内閣総理大臣 就任
1911
第 14 代 内閣総理大臣 再任
1919
パリ講和会議 全権
1940
死去(90 歳)
策政策スタンス
※ 経歴・政策スタンスは公開情報に基づく要約です。最新の発言は本人公式・国会会議録 (国会会議録検索) でご確認ください。西園寺 公望(立憲政友会)。